わが青春つきるとも 伊藤千代子の生涯 映画みてきました

熱心に勧められて、本当は見たくなかった映画を見てきました。

しかし結果は、見て良かった。

実は、だいたいは知っていたのです、伊藤千代子という方のお話は。

治安維持法違反で捕まり、非転向で、24歳で獄死した女性です。

しかも、同じように捕まった夫は転向し、反党分子として生涯をおくるのです。

悲惨な話だなあ・・・・千代子がかわいそうだと思っていました。

映画芸術作品として成功していました。ドキュメンタリーでも記録映画でもないのです。

拷問シーンなどは抑えた表現で、しかし、脚本がうまくて、本質が伝わる。

千代子は刑務所で発狂するのですが、その時のセリフがうまい!

ネタばれで申し訳ありませんがとても感心しました。

千代子は検事から夫の転向を告げられてショックのあまり「天皇陛下バンザーイ」と、独房で叫ぶのです。

それを聞いた仲間たちが「大変だ千代子さんが発狂した、すぐ病院へ連れていけ!」と看守に要求します。

おそらく実際のことではなく、アイロニーとして表現されている。

千代子の生きた時代「天皇陛下万歳」は広く世間の常識。しかし千代子たちは「絶対主義的天皇制」に反対していました。

ここは注意が必要です。「絶対主義的天皇制」と「象徴天皇制」は違います。今の日本共産党は、日本国憲法全文の実行を求めていますので象徴天皇制も認めています。

日本国憲法第一条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民総意に基く。

あと注意すべきは、刑務所で千代子たちは示し合わせて、ロシアの10月革命記念日赤旗の歌をみんなで歌います。

今ロシアはウクライナへの侵略戦争のただなかで、いわば世界中の悪者になっていますが、当時は世界で初めて革命を成功させた、千代子達には、あこがれの国だったのです。

世の中とは皮肉なものです。獄死した千代子はソ連の崩壊やロシアのていたらくを知りません。

もう一つ驚いたのは、若い俳優さん達が、実に元気よく生き生きと演じていたこと。

そうですよね、100年前に日本に共産党を作ったのは若い人達だったという事実。

実にみんな若い、小林多喜二も・・・。若い人にしかできない快挙だったのだと思います。非合法政党を結成するなんて!

夢いっぱいで、元気がなければできない、しかも、日本は当時一応議会があり、内戦も起こっていなかった。日本の共産主義者たちは、ひたすら勉強をして研鑽していて、武器を持ってたたかうことはしなかった。ただただ、地下活動をして、捕まっていたのです。内戦状態にあった中国やロシアとはまったく違う状況でした。

内田樹先生が書いておられましたが、日本はアジアで一番自由に唯物論が研究できる国だと。確かに、日本の共産主義者は理論研究では、世界に比類のないレベルを持っていると思います。

だからよく「共産党の人の言うことは、難しい」「難しいことはわからない」という言われるのかもしれませんね。

だから、伊藤千代子さんの話も難しい。よくこれを映画にしたなあ・・と感心しました。しかし、感動も呼ぶのです。本になったり、演劇になって上演されもしていましたから。

どこかで誰かが言っていました。「彼らは日本社会が生んだ、最良の娘、息子たちだ」と。アッそうそう!竹下景子さん出演なさっていました。

私は思うのです、こんな難しいことが映画にできるのなら、難しついでに、大阪商大事件も映画にしてほしいな・・・と。